たけなかまさはるブログ

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2011年08月

米国のNBER(National Bureau of Economic Research)のプレジデントであるマーチン・フェルドスタイン先生が、直近のNBERの論考、What's next for the dollar?の結論を以下のように締めくくっている。
 
In conclusion, there would be both strong positive effects of a dollar decline on aggregate demand but also adverse effects on real incomes and on the price level. But the decline of the dollar during the next few years is not a matter of choice to be decided by weighing the advantages and
disadvantages of a lower dollar. It is something that is likely to happen.
If it does, we will see a continuing decline of the dollar and with it a greater hope for a stronger
economic recovery.
訳:
「結論として、ドル相場の下落については(貿易収支の改善による)需要拡大の望ましい強い効果と、実質所得と物価水準に関する望ましくない副作用の双方がある。しかしながら、ドル安の有利な点と不利な点をどう勘案しようが、これから先2、3年のドル相場の下落は選択の問題ではない。どうあろうと、ドル相場が下落する蓋然性は高いということだ。 そうであるならば、私達はドル相場の続落を見ることになり、それによって強い経済回復が期待できるだろう。」
 
ご存じの方も多いだろうが、フェルドスタイン先生は米国の長老的なエコノミストで、2000年代も一貫して米国家計の貯蓄率が低下し過ぎていること、それを引き起こしている住宅価格の高騰は持続的でないこと、その結果として生じている経常収支赤字の拡大がリスクであること、などに警鐘をならしてきた。
 
当時、バーナンキをはじめ米国の主流はエコノミストは、great moderationという言葉に象徴されるように米国経済パフォーマンスの良好さを誇示していたので、フェルドスタイン先生の相変わらずの警鐘口調を「時代遅れのロートルの昔から変わらぬ言い草」と受け止める雰囲気があった。ITブームの最中に、IT銘柄に投資しないバフェットが「時代遅れ」と陰口をされたのと同じ感じだ。
 
で、フェルドスタイン先生、今のドル相場の下落は、これまでの持続不可能なコースに対する不可避的な調整と考えているということのようだ。それは正しいと思う。もっともどの通貨に対して、どの程度下がるのかというような仔細なことは何も言っていないので、短期的な相場取引の役には立たないけどね。
 
中長期の視点でドルを買うなら、金利差ほぼゼロのFXで買ってもキャリー益がゼロに過ぎない。10年物米債を買っても利回り2.8%では、フェルドスタイン先生の言う通り目先2~3年ドルがまだ下がるなら、その下げが年率2~3%程度の穏やかなものでもチャラにしかならない。
 
ドル相場の下落で一番回復するのはメーカーを含む大手企業の株式だろう。とすると株を買っておけということになる。私は東証のS&P500のETFでちびちびと買い下がろうかと思う。
 
ちなみに以下の図は円換算表示にしたS&P500、目盛りは対数表示にしてある。右肩上がりの直線で近似線が描けるということは一定の年率で上昇していることを示している(この場合、通常の10進法メモリにすると右上に反り上がる形になる)。この近似線で示したトレンドを信じるなら、下方への乖離度は、逆張り派の心情をちょっと刺激する感じになってきているように見える。
 
「でも、いよいよ中国でバブルがはじけたりしたら、米国も日本も含めて世界経済がまたクラッシュしちゃうんじゃないの?」 そうだな、そういうリスクも確かにある。だから、資産体力の許す範囲でね、ということだね。
 
イメージ 1
 
 
 
 

面識もあるし、尊敬もしている小峰隆夫先生であるが、本日掲載された日経ビジネスオンラインの論考「経常収支不均衡問題が引き起こす再びの「バブル」は、腑に落ちない。
 
まず明らかな間違いから指摘しよう。
「市中金利が1%で、国債の利回りも1%だったとしよう。100万円のキャッシュを銀行に預ければ年に1万円の利子が得られる。ということは、年1万円の利子を約束された国債という債券は100万円の価値があるということだ。よってこの債券には100万円という値段が付くはずだ。 では、何らかの事情で市場金利が2%に上昇するとどうなるか。今度は50万円のキャッシュを預金すれば1万円の利子を受け取ることができる。すると1万円の利子を約束する国債の値段は一気に50万円に下落してしまうのだ。」
 
国債の期間を特定せずに書かれているが、一般的に債券の利回りと価格は以下の関係にある。
 
利回り(%)=100×{クーポン金利+(100-価格)/残存年数)}/価格   額面=100
 
従って代表的な10年物債券ならば、1%のクーポンで発行された債券は、利回りが1ポイント上がって2%になると、価格は91.67となり、8.33下がることになる。小峰先生ののように1→2%の利回り変化で価格が半分になるのは国債の償還期間が無期限(永久債)である場合だけだ。固定利回りの永久債なんて原理的にはあり得ても、現実には一般的ではない。弘法も筆の誤りだろうか。
もっと本質的な議論で違和感があるのは、グローバル・インバランスの拡大バブルと考えておられる点だ。これは小峰先生のみならず、俗流評論レベルからアカデミズムまで存在しているひとつの説なのだが、私には因果関係が逆転した認識に思える。以下小峰先生の論理に従って説明しよう。
 
「経常収支黒字国、赤字国それぞれで黒字・赤字の規模が拡大すればするほど、国際的な資金移動も活発化することになる。 国際的に危惧されているのは、この資金移動がバブルを生む可能性があるということだ。その実例となったのが、2007年春以降のサブプライム危機であった。このサブプライム危機は、多くの要因が重なって生まれたものだが、その背景にあったのが長期金利の低下と住宅価格の上昇であり、そのまた背景にあったのがグローバル・インバランスなのである。」
 
ある国(ここでは米国)の国内投資・貯蓄バランスの資金不足(=経常収支赤字)が、国際資金移動による資金流入でファイナンスされるだけなら、バブルを生む信用の膨張を意味しない。当該国の資金不足(貯蓄不足)が他国の資金余剰(貯蓄過剰)で相殺されるだけだからだ。
 
従って、米国の住宅価格の高騰(バブル)正の資産効果による消費の増加と住宅建設投資の増加米国内の貯蓄投資バランスの貯蓄過少への変化経常収支赤字の増加、そしてその経常収支赤字が海外からの資金流入でファイナンスされている、と考えられる。つまり、原因としてまずバブルの生成があり、その症状(結果)として経常収支赤字の拡大があると言える。
 
 「新興国は溜まった外貨準備を何らかの形で運用する。これは公的な運用なので、リスクの高い投資は出来ないから、その多くは海外の債券に向かう。米国国債がその典型である。新興国の資金が先進諸国の国債を消化すると、先進諸国ではその分資金に余裕が出るから、それは有望な投資先を探す。その有望な投資先が新興国である。こうして新興国から出た資金が再び新興国に戻ってくる。その資金が新興国における資産価格の上昇を招き、バブルを生む可能性がある。」
 
これは中国の現下の不動産バブルやインフレ高騰に関する議論であるが、マネーが中国米国一部がまた中国、とまわっているだけなら、対外的な資金の過不足がチャラになるだけでバブルを生む過剰な信用膨張を意味しない。それがバブルを生むのは、中国、または米国、あるいはその双方で過剰な信用膨張が起こっていることを前提にする必要がある。実際中国では2つのソースが過剰な信用膨張の原因となっている。
 
1は地方政府などによる銀行借り入れによる不動産開発投資の急激な膨張である。要するに80年代後半の日本と同様に不動産(中国では不動産の長期使用権であるが)を担保にした莫大な借入の増加が、信用膨張の主因になっているのだ。第2は、中国元の対ドルでの上昇を阻止するために行なわれている莫大なドル買い・元売り(元マネーの供給)の為替介入である。 
 
中国政府は米国のQE2による過剰なドル資金が中国に流入してバブルの原因になっているかのように主張しているが、責任転嫁の議論に過ぎない。中国の特異な為替政策と過熱した不動産開発事業が生み出した過剰な信用膨張によるマネーが中国自身に回帰しているに過ぎない。
 
中国国内の金融を十分に引き締めれば不動産バブルもインフレも収束できる。十分な引き締めを中国政府が躊躇っているのは、それが景気を後退させ、失業の増加を招くからだ。しかし、それを嫌がれば、最後はバブルの崩壊によるハードランディングしかないことは、過去の経済史が語っている。
 
中国の信用膨張とバブルの原因について、すくなくとも一因として米国のQE2を批判するのは、ちょうどバーナンキや一部の米国エコノミストが Global Saving Glut論で、米国の住宅バブルの根本的な要因として、貯蓄過剰国からの米国への資金流入を上げたのと同じ構図の責任転嫁論である。この点では米国でも、金融政策のテイラー・ルールで有名なジョン・テイラーが、Global Saving Glut論を痛烈に批判している。自国のバブルが問題ならば、十分に金融を引き締めればよろしいだけだ。
 
バブルの要因として経常収支不均衡を指摘するのは、発熱が風邪の原因だと考えるのが誤りであるのと同様に、原因と症状の因果関係を取り違えているのだ。
 
さらに一歩考えを進めて、国際的な資金移動を一切禁じてしまったらどうなるだろうか? その場合には、一国内限りで貯蓄・投資バランスが均衡せざるを得ないので、米国で見られたような正の資産効果による消費の増加経常収支赤字の拡大は起こらないだろう。バブル的な内需拡大が起こりそうになっても、実質金利が上昇することで、貯蓄・投資バランスは均衡されるからだ。 
 
ただしそれでもバブルが起きないことを保証しない。自国の供給力を上回る消費と投資需要の拡大は、経常収支赤字をもたらすが、そのような財とサービスの供給<需要を伴わないバブルもこれまで起こって来た。
 
例えば、80年代後半の日本のバブルでは、経常収支は縮んだとは言え黒字だった。つまり国内の貯蓄・投資バランスは貯蓄超過のまま、日本国内の不動産担保による過剰な信用膨張がバブルを生んだ。今の中国も経常収支黒字のまま、不動産バブルとインフレを起こしている。双方のバブルとも完全な「内生バブル」である。

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