さて80円台を回復した円安への戻りだが、どの程度のテンポで進むだろうか?
前回書いた通り(以下)基調的には(PPPが示す経験則に照らして)行き過ぎた円高の修正局面に基調が転換したと思う。
「ちょっと円安、ちょっと株高、梅も花咲く2月の陽気♪」
 
元同じ銀行の同僚だった深谷さん(現在クレジスイスの為替ストラテジスト)が、円安のテンポについて書いている直近のレポートを紹介しておこう(以下)。

「年末85円」と彼は予想してきたが、ドル高方向に上ぶれる可能性を指摘している。一方、円高への大きな戻りの可能性は当面なくなったと言っている。
 
私も概ねそうだと思う。
当面85円前後まで、さらに今年の年央以降に米国の景気指標(とりわけ雇用統計)が予想以上に強まれば、超低金利の解除が2014年までずれ込むのではなく、2013年には終わるかもしれないという期待が強まった場合、年内のレンジとして90円前後まであるかもしれない。
 
ただし、深谷さんが2008年以降の図で示している当該期間に高い相関関係が見られるドル円相場と日米の2年物国債金利差にも注目して頂きたい。現状ではまだドル円金利が拡大→円安ドル高という具合にはなっていない。(相関関係を示す散布図と決定係数の算出が、金利格差と為替相場の2変数に絶対水準を使用している点が、実は技術的には問題があって、見た目の相関関係が強く出過ぎている可能性があるんだが・・・)
 
つまり2007年までのような円売りキャリーをやっても金利差メリットは極めて僅少であるので、円売りキャリーが大きく積み上がっていく状態ではない。そういう意味で円安への基調転換はまだ初期段階だとも言える。
 
さらに言い加えると、この名目金利差とドル円相場の相関関係は、もっと長期で観測すると相関関係が大きく崩れる局面もあるので、決して絶対視してはいけない。昨年9月に日経新聞の経済教室や日経ビジネスオンラインで私は日米実質金利とドル円相場の中期的な相関関係を指摘したが、その時書いた通り、相関係数は長期では大きく変動しているからだ。
 
また深谷さんが通貨オプションのプットとコールのリスクリバーサル・スプレッドのグラフを掲載しているので、その点も注意しておこう。前回書いた通り、極めて大雑把に言うと、相場の基調が転換して、市場参加者のドルコール買い需要がドルプット買い需要を凌ぐようになると、リスクリバーサル・スプレッドはドルプット高からドルコール高に転換する。それが1カ月物から1年物まで起こったということだ。
 
以上まとめると以下の通り。
現下の円安への戻りは、
①日本の貿易収支の赤字転換の持続可能性、
②日銀の追加緩和方針、
③米国の景気回復基調への期待の上方修正、
④ユーロ圏政府債務危機の小康による投資家のリスク許容度回復などによる円買いポジションの巻き戻し(円売り)
などの理由によって生じたもので円安への基調転換の初期段階だと思う。
思いのほか円安の進行速度が高ければ、貿易収支も再び黒字化する公算が高まり、①の条件は消える可能性もある。ただしそのころまでに米国の超低金利が解消、あるいは解消見込みとなり、金利格差が実際に広がり始めれば、それが円安要因として加わることになる。
 
ただし長期で考えると、日本の国債価格が大きく下落する(利回り急騰)のリスクも高まりつつあるので、悪い円安(円売り、国債売り、株売り)に至るリスクがある。長期的な財政再建計画を実現して、そうしたリスクを低下させることができるかどうか、政治の問題となるね。
 
追記:
思い出すのは1995年の円高オーバーシュートが修正される局面で株価は96年には順調に回復したが、銀行の不良債権という病巣を抱えていたので、97-98年にはアジア通貨危機を契機に、日本も円安、株安、景気後退、金融危機という局面になってしまったことだ。
 
今抱えている病巣は銀行部門ではなく、政府債務の膨張、私には時限爆弾がコチコチと時を刻む音が聞こえるような気がする。 財政再建へのシフト、間に合うかな・・・・? 今の政治のていたらくでは危機必至だと思う。 
 
追記(3月4日):
本日の日経新聞記事「投機筋、円売りに転換
雰囲気はますます1995年の円安転換局面に似て来た。 
 
竹中正治HP