相対的購買力平価(以下相対的PPP)の概念と図表について、私は著書やその他の著作の中で繰り返し紹介してきた。
私が以前勤めていた国際通貨研究所のホームページで継続的に更新・公開し、日経新聞などでも繰り返し取り上げて頂いた結果、多少世間的にも知られるようになってきた。
↓(公益財団法人)国際通貨研究所、ホームページ、相対的購買力平価図表
とりわけ、現在のドル円相場のように100円台前半の膠着相場を抜けて水準変化が生じるような局面では、新しい水準観を求めて改めてこの図に関心を払う方が増えるようだ。
ところがその図の見方に付いては、肝心な点で誤解している方が多い。これは以前当ブログでも説明したのだが、「見た目に惑わされる」という勘違いというのは実に根強いもので、為替相場について何かしらのことを書いているエコノミスト、アナリストの間にも勘違いしている方がいるようだ。
ここで改めて取り上げておこう。
以前のブログ(2013年6月)
ここで説明することは新著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」の4章(p126~128)に書いてあるので、既にご購入下さった方は、そこを読んで頂きたい。
【罫線分析のイメージでPPP図表を見ることの間違い】
よくある勘違いは、例えばドル円の企業物価指数(米国では生産者物価指数)をベースにしたPPPをドル相場の「上値のメド」あるいは「抵抗線」、それよりもドル安の水準である輸出物価ベースのPPPをドル「下値のメド」あるいは「支持線」のようにチャート(罫線)のイメージで理解することだ。
なぜそうした理解が不適切なのか、説明しよう。
相対的PPPは以下のように計算される。
PPP=起点時点の為替相場×自国の物価指数/外国の物価指数
(起点時点の物価指数を100として計算する)
この結果、相対的PPPは起点依存である。つまりどの時点を起点に選ぶかで、市場実勢相場(名目相場)とPPPの位置関係はいか様にも変わってしまう。国際通貨研究所のPPP図表はドル円について1973年を起点にしている。
どの時点を起点にするか次第でPPP図の姿がまるで変わってしまうことは、上記の以前のブログに添付した1995年3月起点のPPP図表を 国際通貨研究所のPPP図表(1973年起点)と比較すれば一目瞭然だろう。
この1995年という円高に傾斜した時点を起点にしたPPPでみると、市場の円相場はいつも円安にバイアスがかかった動きをしていることになる。しかしそれは間違いで、実は円高にバイアスのかかった1995年3月が起点になっているからそう見るだけだ。
どの時点がPPPの計算時点として最もふさわしいのか、その点については「日本の経常収支不均衡が比較的小さく、変動相場制の移行年時である1973年を選んだ」と私も説明しているが、相対的な問題であり、決定的にこの年次がふさわしいと言える根拠はない。
起点時点を変えれば、がらりとPPPの形も水準も変わる。つまり起点次第で無数のPPP図が描けるのだから、特定のPPPグラフの形状と水準を対象に、支持線だとか抵抗線だとか言うのは合理的に考える限り意味のないことだ。
【実質相場指数は長期的な平均値からの乖離と回帰を繰り返す】
それで起点依存に陥らない見方とは、実質相場指数をつくって、その長期の平均値からの乖離度を見ると言うことだ。
実質相場指数=名目相場/PPP
つまり実質相場指数は名目相場(市場相場)のPPPからの乖離度を指数化して示したものだ。
実質相場指数の長期にわたる平均値をとり、この平均値からの乖離を見ることで、当該通貨相場の割安割高を見抜くことができる。 これならば特定時点の起点に依存せず、対象となった全期間の平均値との比較になる。その図は私のホームページで公開しているが、以下掲載図が最新のものである(2014年9月時点)。
もちろん、通貨相場は短期的な振れ、行き過ぎもあるので、一定の幅をフェアウエイにして見ることだ。
図ではひとつのめどとして平均値から±10%の水準に黄色の線を引いてある。
赤い線は過去の消費税率引き上げによる企業物価の上昇分を差し引き調整した場合のPPPによる実質相場指数だ。 消費税率による物価上昇分は通貨円の対外的な購買力には影響を与えないはずなので、それを差し引いて調整するのが望ましいだろうと考えてのことだ。
また、長期的な平均値自体、当然ながらこれまでの相場の変動で変化して来たものであり、絶対的なものではない。下図に緑の破線で示したのが1973年を始点にした1983年以降の平均値である。過去の各時点ではこの緑の線の水準を「長期平均」として見ていたわけだ。
平均値の振れはデータ期間が長いほど安定的になる。その結果、1995年以降は平均値の振れはとても小さい。
【円安方向への均衡点のシフト?】
円安になると必ず、「円安方向へ長期的な均衡点がシフトした」という趣旨の主張が登場するが、惑わされてはいけない。
今後、消費税率引き上げの影響を除いたベースで、日本のインフレは2%、米国のインフレも2%程度に収束すると想定すると、PPPは横ばいになり、1970年代末から続いてきた円高ドレンドは終焉することになる。 それはPPPの横ばい推移を意味するだけだから、ドル円相場の長期的な均衡点が大幅に円安水準にシフトするようなことは意味しない。
また、日米の長期的なインフレ期待が変わらないまま、ドル金利が来年上昇すれば、ドル円の実質金利は格差は拡大する。実質金利格差の拡大は短期、中期的な円安・ドル高効果を生む。
ただしより長期では、日米のように資金の移動が自由な2国間では、実質金利の長期的な平均値は同じ水準に収束する傾向が強いことが確認できる。 実質金利格差拡大がもたらす円安・ドル高効果はあくまでも中期(1年から3年程度)のものである。 長期的には下図の実質相場指数が再びドル安・円高に戻るという予想は不動である。
現状の水準からの極端な円安シナリオ、例えば1ドル130円とかそれ以上のシナリオは、次のようなケースを想定しない限り起こらないだろう。
①日本を含む投資家一般が日本国債への信認を喪失し、日本の円建ての金融資産全体からキャピタルフライト(資本逃避)が大規模に起こる「円危機」
②日米のインフレ格差が逆転し、例えば米国2%、日本4%となり、そうした状態が長期に持続する。この場合は年率2%でPPPは円安方向に変動し、10年で22%円安にシフトする。
このようなケースの発生確率がどの程度かは、事前に推計しようもない。超長期のタイムスパンで考えれば、そういう時代の到来可能性もゼロではないだろう。しかし現時点では極めて可能性の低いシナリオだと考えるのが妥当だろう。
補足(10月26日):現在の私のドル資産に対するドル売りヘッジ比率は70%です。今回、最初の108円台で売ったヘッジ売りは106円台で買い戻しました。来年、本当にドル金利が上がるようになってきたら115円前後までもしかしたらあるかなという見込みで、残り30%未ヘッジ分を売り上がる方針です。
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
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