本日11月24日付の日本経済新聞「経済教室」でカーメン・ラインハート教授(ハーバード大学)が、日本について奇妙なコメントをしているので、指摘しておこう。
「日銀の金融政策の新枠組み(上)債務削減へ金融抑圧強化」(日本経済新聞「経済教室」2016年11月24日)
抜粋引用:
その1「政府債務残高が大きいことはほぼすべての先進国政府にとって悩みの種だが、とりわけ日本にとっては深刻な問題だ。この先に何が待ち受けるかは、歴史が教えてくれる。
図からわかるように日本の場合、政府債務ばかりに気をとられていると、最近の国内総債務の急増ぶりを過小評価することになる。民間部門(特に銀行)の借り入れが急速に増えているのが主因だ。この民間借り入れは政府の偶発債務となる可能性がある。しかもこれに、増え続ける年金債務が加わるのだ。」
その2「日銀がいま直面している問題は、インフレを高めに誘導する直接的なメカニズムを持ち合わせていないことだ。そして将来直面する可能性のある問題は、仮にインフレが勢いを増した場合、それを適切に沈静化するメカニズムも持ち合わせていないことだ。」
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まずその1の太字の部分だ。政府債務の膨張だけでなく、民間部門(特に銀行)の借り入れが急速に増えており、この民間借り入れは政府の偶発債務になる可能性があると指摘されている。
この点を日銀の資金循環表で、銀行(預金預け入れ金融機関)の金融資産・負債の変化を1990年度と2015年度を比較する形で見てみよう。
銀行の金融負債は、1990年度の1356兆円から2015年度の1800兆円に444兆円増えている。ラインハート教授はこの点を問題視しているのだろう。
もちろん、銀行のバランスシートで金融負債(多くは預貯金)の反対の資産サイドには、主要項目として貸出金残高があるので、貸出金が不良化しながら増加しているならば大いに問題だ。日本の90年代のバブル崩壊ではそれが問題になった。しかし現在は銀行業界全体の不良債権比率は低く、問題視される水準にはない。 これは金融エコノミストにとっては常識的な事実だ。
では銀行の資産サイドで何が増えているのか?1990年度と2015年度を比較すると主要な変化項目は以下の通りだ。
貸出金残高増減 :-2兆円(減少)
国債、財投債保有残高増減:176兆円(増加)
日銀預け金残高 :259兆円(増加)
合計 :433兆円(増加)
これではっきりしただろう。銀行の資産サイドで増加していいるのは、不良化するリスクのある民間貸出金ではなく、①政府債務としての国債・財投債、②日銀の量的金融緩和による日銀預け金残高なのだ。
日銀のバランスシート上で、民間銀行の預け金に見合って資産サイドには日銀の国債保有残高があるので、事実上全部、政府債務残高の増加だと言える。もちろん、これは政府の債務そのものであり、「政府の偶発債務になる可能性がある」というのはトンチンカンな指摘である。
おそらくラインハート教授は、銀行部門の負債増額(対GDP比率)のみを見ただけで、日銀の資金循環表で資産サイドの内容を確認しなかったのだろう。
話を少し発展させると、この点は技術的な問題にとどまらない。ラインハート教授(共著)の「国家は破綻する(This Time is Different)」を読んで、超長期の過去に遡って、多数の国の負債残高の変化を分析した点は評価するものの、いまいち腑に落ちなかった同教授のある視点の欠落が、今回の論考で分かった。
負債の増加が問題になるかどうかは、その見合いとなる資産サイドの質の問題とセットではじめて判断できるはずであるにもかかわらず、同教授の関心はあまりにも負債残高の変化のみに傾斜しており、資産サイドの具体的な内容への関心が、欠落しているとは言わないが、非常に弱いのだ。
次にその2であるが、日銀が「将来直面する可能性のある問題は、仮にインフレが勢いを増した場合、それを適切に沈静化するメカニズムも持ち合わせていない」と指摘している点だ。
そんなことは全くない。 日銀が量的金融緩和でバランスシートと日銀預け金残高を膨張させた後に、インフレ抑制が必要になる状況になったら、①準備率の引き上げ、②コールレートと日銀預け金付利金利の連動引き上げで金融引き締め、金利引き上げに転じることができる。 実際、現在米国のFRBは②の手法で非伝統的な金融政策からのEXIT過程にある。
これは前回このブログで私が説明したことなので、繰り返さない(以下ブログ参照)。
世界的に著名なハーバード大学の教授が、論考の中でこんなにぼろい間違いをしては、
いかんよ~(^ ^;)
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
以下、日経新聞「経済教室」の図表と画像より

